ビモータ 新しい歴史
80年代中頃、ビモータの最初の活動者のうちの一人である、タンブリーニが抜けたビモータはその後任としてGPMよりフェデリコ・マルティニを迎え入れました。
Lツインエンジンのスペシャリストである2人で、デザイナーのマルティニとライダーのタルドッチィがビモータの新しい歴史を作っていきました。
したがってdb1はタンブリーニとマルティーニの設計思想が入り交じっているそうです。
GPMはドゥカティレーサー用のフレームを作っていて、それはdb1のフレームワークに強い影を落としていました。
db1の優れたハンドリングには、それまでレーサー用としてフィードバックされてきたノウハウの蓄積があったのは間違いないでしょう。
タンブリーニのデザインするシャーシは常に革新的なものだったのでそれを実現すると、コストはいくらでもかかってしまうと言うことになってしまいました。
それは売値に反映されますが、そんな高価なバイクはそんなに数がだせないのが現実となっていました。
このとき、ビモータは財政難に苦しんでいたことでしょう。